Yotabanashi

Otaku is beautifulだからhappy

咲いた花は美しく散る

 今日、僕の好きな人は死ぬ。

 予言だとかそういった類のことではないし、本当に死んでしまうわけではない。

 今日、僕の好きなアイドルは、引退する。

 

 学校とは反対方向の電車。同じ学校の人はいない。開演時間まであと少しということもあってか、僕のようなオタク風な人もあまりいない。僕は車内で居心地の悪さを感じ、意味もなくスクールバッグに忍ばせておいたペンライトの点灯確認をしてしまう。赤、青、黄、緑……。様々な色の光は弱々しく、まるで仲間を失うアイドルたちのようだと思った。

 

彼女が卒業を発表した時、他のメンバーは、とても見ていられないくらい憔悴していた。

 彼女たちにとって初めてのコンサートツアー。その最終公演でそれは発表された。いつも以上に素晴らしいパフォーマンスだった。Wアンコールでは、半年後にまたツアーが組まれ、千秋楽は今までで一番大きな会場で行われることがサプライズで発表された。これ以上ない最高のコンサートだ。そして、フィナーレはメンバー一人ひとりの挨拶と、彼女たちのデビュー曲。いつもの流れだ。そのまま、この夢のような時間が終わり、日常へと戻っていく。次のコンサートも、頑張ってチケットとらなきゃな。そんなことをぼんやりと考えながらメンバーの挨拶に耳を傾ける。神妙な面持ちでそれぞれの挨拶に聞き入る推しに、ちょっとした違和感を覚えた。

「みなさん、今日は楽しんでいただけましたか?」

 僕の推しに挨拶の順番が移る。挨拶のトリは、一番年上で、しっかり者、コメントをするのも上手な推しが務めている。

 ちゃんといつも通りだ。僕は安堵する。

「無事に夏のツアーが終わりました。そして更に、次のツアーも決まりました。みなさんの応援があったからです」

 先ほどからは考え難いほど、柔らかな表情で言葉を紡いでいる。逆に、それ以外のメンバーは、うつむいたり、遠くを見たり、心ここにあらずといった感じだ。

「思えば私たちは、最初はこんな立派な会場ではなく、路上ライブをやっていましたね」

 推しの口から発される懐古に、僕は気が気でなかった。だってそれは、まるで彼女がアイドルを辞めるような口ぶりだったからだ。

「そして今ではメンバーも大人になりました。……っていっても、まだ高校生とかなんだけど」

 推しは少し笑う。

「私はみんなよりお姉さんの立場で、みんなと一緒に活動してきました。でも、もう私がいなくても、大丈夫かなって思えるようになったんです」

 やめて。

「だから」

 たっぷりと間を取り、推しは会場全体を見渡す。

「私は次のツアーをもって、グループを卒業します」

 舞台の上のアイドルたちは、推しを除いてみんな泣いていた。

 客席のファンは、混沌としていた。泣く者、叫ぶ者、茫然とする者。

 なんとなくそんな気はしていた。元々子役だった彼女は、芝居をしたいという発言をたびたびしていた。だがそれは、グループに還元するためであり、彼女自身の欲求という風ではなかった。

それが変化してきたのは、子役時代に出演し、一世を風靡したドラマで共演していた女優の主演ドラマが決まったときからだった。その女優と推しは、ドラマで共演してからずっとお互いを親友であると公言してきた。ブログにも「一緒に遊びました」と登場していたため、僕たちファンも女優のことをよく知っていた。だからこそ、主演ドラマが決まったときは自分の推しのことのように喜んだものだ。

だが、推しは違った。

親友であると同時にライバルだった女優が、地上波で、ゴールデンタイムの主演。

自分は世間的には知名度のない、いわゆる地下アイドル。

推しがその時なにを考えていたか、僕は推測することしかできない。でもきっと彼女は、彼女は、歓喜と嫉妬に満ち溢れていたんだと思う。

「卒業後は初心に立ち返り、女優として、頑張っていきます。それまでの間、半年という短い期間ですが、全力でアイドルを頑張りますので、応援よろしくお願いします!」

 

「まもなく新豊洲……」

 目的の駅へと到着する。初めての会場はいつも緊張してしまうが、幸い、駅から会場が見えるほど近い。時間も、思ったより余裕がある。これなら物販に行ける。心臓のリズムにあわせ、心なしか早歩きになっている。買うものは決まっている。お金も、この日のために貯めてきた。焦る必要はない。

 スマートフォンを見ながら、待ち合わせをしているファンの横を通り過ぎ、僕は物販ブースへ足を進める。

「生写真五セットと、タオル三枚お願いします」

「はい、生写真が一、二、三、四、五セットとタオルが一、二、三枚ですねー。不良品以外は返品交換できませんのでご了承ください。合計……」

 初めて現場に来た時は早口すぎて聞き取れなかったスタッフの言葉も、今では諳んじられるほどだ。ざっと生写真を見る。一セットに三枚の写真がランダムに封入されていて五百円。いい商売だ。これでも他の地下アイドルに比べれば安い方らしい。

パッと見、被りはなさそうだ。とても運がいい。

 会場内のアナウンスがうっすらと聞こえる。あと十分で開演だ。あまりゆっくり写真を眺めていられない。写真を鞄にしまいながら入口へ行くと、いつもよりも豪華なフラワースタンドが目につく。推しのメンバーカラーの白を基調とした花々は、推しの清廉なさまを表しているようだった。その中でもひと際目立っていたのが、ファン有志よりと書かれた百合の花のスタンドだ。

“ユリちゃん”だから百合の花か。

ユリちゃんとは、卒業発表後に推しが舞台で演じた役の名前だ。ユリちゃんはこの舞台でのキーパーソンだった。最初は、子役崩れの地下アイドルが大きな舞台の大事な役を演じることに非難の声もあった。だが結果として舞台は大成功。推しの体当たりの芝居も評価された。それ以降、推しはメンバーカラーの白と相まって、百合の花のイメージがついた。清く美しいその花は、グループの中で姉として年下のメンバーを気に掛ける優しい推しにぴったりだと思った。スマホのカメラでこのスタンドを撮ろうかと思ったが、こんな小さな板切れに入れておくよりも、美しい記憶にとどめておこう。今日のコンサートと共に。柄にもなくそんなことを思いながら、僕は会場の中へ入っていった。

 

「みんなー! 今日は楽しんでいってねー!」

 メンバーの声に沸く会場。卒業なんてなかったかのように熱い。誰も今日の夢が覚めないように、歓声をあげた。

 

「Wアンコール、ありがとうございます」

 いつものように、挨拶が始まる。最初に挨拶をするのは、決まってこのグループのエースだ。歌もダンスもとびぬけて上手いわけではない。だが、持ち前の明るさと笑顔、そして頑張り屋なところが、誰もが認めるエースたるゆえんである。だが、今の挨拶に、その明るさはない。

「本当は悲しいって言っちゃいけないのかもしれません。それでも、とっても悲しいです」

 泣きそうになりながら、それでも一生懸命僕たちに、そして卒業してしまう先輩に言葉を紡ぐ。

 エースの次は、僕の推しに次いで年長のメンバーの番だ。推しと共に、このグループの誕生から携わってきた彼女は、推しのよき理解者であり、パートナーであった。時に年少メンバーに厳しい言葉をかけるが、それは愛ゆえ。グループをもっと向上させるため。人一倍グループとメンバーへの愛が強い子なのだ。

「私一人で、ちゃんとできるかなって、不安に思うことがたくさんあるの。辞めないでって言いたい。でも、私が甘えてちゃだめだよね」

 卒業発表の時、他の誰でもない、彼女が一番泣いていた。推しと二人で歩んできた思い出の数は、きっと僕たちの計り知れないくらいあるに違いない。それでも彼女は、前を向いた。

「絶対泣くと思ってたのに、なんでっ……泣かないのぉっ……!」

 最年少メンバーが堪えきれずに泣き出す。

 推しとの絡みはあまりなかったように見えたが、推しのことを慕ってくれていたのだろう。天邪鬼ではあるが、打算などできないタイプの子だ。この涙は、本物であると信じられる。その姿を見て、推しが目を押さえる。

「泣かないでよぉ……私まで泣いちゃいそうだよ……」

 ちょうど真ん中の年齢のメンバーは、いつも控えめで、冷静に、客観的にグループを見ている子だ。だが、卒業発表から、感情を出すことが多くなってきた。

 全員の挨拶を噛み締めるように、時に茶々を入れながら、推しは凛とそこにいた。

 もはや僕たちの知っているアイドルではなく、女優としての風格で推しはそこに立っていた。

 一言一句挨拶を聞き漏らすまいと思っていたのに、アイドルとしての彼女がもう死んでしまったことに僕はショックを受けていた。絶対に泣かないと決めていたのに、涙を流していた。信じられないことに、気付けばコンサートは終わっていた。

 

 人に押しつぶされながら、どうにか家の近くまで帰ってきた。もう二十二時だ。

 風を感じる。それは路地裏から吹く風だった。

 視線を落とすと、枯れかけの花束が落ちていた。もう朽ちてしまいそうなそれは、アイドルとしての死を迎えた推しのようだと思った。

 アイドルとして大輪の花を咲かせ、そして散っていく。

 永遠に枯れない花などないように、永遠にアイドルであり続ける者などいないのだ。

 そうか……枯れちゃったんだ……。

 僕はまた、静かに泣いた。

 

 コンサートの翌日でも学校、僕の日常だ。

 目が腫れている。だが、誰も僕の些細な顔の変化なんて気にしない。

 

 がやがやと騒がしい教室。僕の席は、アイドルなんてまるで興味なさそうなサッカー部の男子が座っていた。僕の姿に気付いたサッカー部は、わりぃ、とその場をどく。彼は運動部員だが、僕みたいな陰キャラにも優しい。

「でさー、昔子供戦争ってドラマに出てた子が、次のドラマに出るらしいぜ」

 それってもしかして……。サッカー部の会話に入れるはずもなく、僕は音楽を聴く。流れたのは、推しのラストシングル『永遠アイドル』だった。

 

 

 

 

 

 

 

これは今年の1月に身内で書いた小説です。

本当はどこにも出す予定はなかったのですが、今の心境と重なったので載せてみました。

遊びのような感じで縛りがあったので(キーワードとか字数制限とか)いろいろとおかしなところはあるかと思いますが、そこはなんかいい感じにスルーしてください((

また、実在するアイドルや作品をオマージュしたものがあります。わかるあなたは今日から私とお友達です。

 

この作品の主人公は、卒業した推しちゃんを今後も応援するのでしょうか。それは誰かに強制されてするものではなく、主人公が決めることです。推し変するのか、アイドルとして死んでしまったけど、女優として生まれた推しちゃんを応援するのか。私はどちらの選択も正しいと思います。

もし機会があるならば、字数制限とか色々跳ね除けて完全版を書きたいなと思います。


ここまで読んでいただいてありがとうございました。


※これもしかして書いたのアイツじゃね……? ってなってもそっとしておいてね、約束だよ。