お久しぶりです。
突然ですが、Black of nightが発表された当時、考察をされてる方がものすごいいましたよね。藪から棒にどうしたって感じかもしれませんね笑
私も波に乗って考察をしたんです。そして当時所属していたサークルのために、Black of nightをモチーフにして1本の物語を書きました。今回はそれを載せます。
と言っても媒体が音声ドラマだったため、残っているデータは脚本。それを小説にリライトしたので分かりづらい部分が多々あるかと思いますが、雰囲気を汲み取ってください(無茶振り)
また、物語としての整合性が取れていない部分もあるかとは思いますが、時間制限のあるドラマで出来る最大限を書いたつもりです(当時)。それのリライトなので多少目を瞑ってください!
言い訳も終わったのでそろそろ。
少々長いかもしれませんが、楽曲をご存知の方はぜひ聴きながら読んでみてください。こういう解釈もあるよね、って感じで。
では、どうぞ。
「Black of night」
Ⅰ
「ハァ……ハァ……待って!」
僕は追いかけていた。
誰を?
……誰だ?
僕は追いかけていた。
何を?
何だ?
ひたすら追いかけ続けていた。
そして、追われていた。
誰に?
人じゃない。
何に?
わからない。真っ黒い、なにか。
それは次第にまとわりつき、僕の歩みを止める
「待って!」
どんどん感覚を失っていく。僕は一生ここにいるのか……?
「フフッ」
まるで醒めない夢の中で、微笑む……君は……。
Ⅱ
「ハッ……。夢か……」
窓を見れば、普段目を覚ますような時間ではないことは明白だ。僕はテレビをつける。すると快活そうな女子アナウンサーが
「時刻は4時50分。続いてのコーナーは……」
と時刻を告げる。知りたいことを知れたので、すぐに僕はテレビを消す。
随分早くに目が覚めてしまった。喉の乾きを覚えたから、眠気覚ましを兼ねてコーヒーでも飲もう。
だるい体を起こし、キッチンへ向かう。水をやかんにいれ、火にかける。冴えない頭を刺激しないようにゆらめく炎をながめていると、やかんが自身の存在を知らせるようにピーっとけたたましく鳴る。その音で無理やり意識を覚醒させられ、僕は棚の中からコーヒーを探す。
「あれ……? コーヒー切らしてたか……。しょうがない、自販機行くか……」
まだ重い体を引き釣りながら、のどの渇きを潤すために、僕は近くの自動販売機を目指す。
「なんで今日はこんなに喉が渇くんだろう……」
歩いて二分もしないうちに、目当ての自動販売機にたどり着き、コーヒーのボタンを押す。がしゃんと音を立て缶が出てくる。それを手に取り、プルタブをあけ、勢いよく飲み干す。
「はぁー……」
一息つきふと横を見ると、見慣れない道がそこにあった。
こんなところに道なんてあったか……?
怪しいと思いつつも、好奇心に逆らえなかった僕は、続く限りにその道を進んだ。
「どこまで続いてるんだ……? 寒気してきた……」
戻れば、いいのに。そうだ、戻ろう。
……どうやって……?
ここは……
「どこだ?」
Ⅲ
浮遊感。
黒いイバラのような何かが僕を襲う。
ここにいてはだめだ。
早く行かなきゃ。
「どこに……?」
早く……!
「どうすれば……」
「フフッ」
突然、僕以外の声がそこに響く。声の方向を向くと、その場に似つかわしくない、女が立っていた。
「……君は」
「逃げなくていいの?」
「逃げるって……どこへ……?」
「わからない。あなたにわからないことはわからない」
「……無責任だな」
「初めて会ったんだから、私はあなたに責任なんてないわ」
「それも、そうか」
年のころは、僕と同じかそれより下といったところか。こんなわけのわからない場所で、非常に冷静だ。
「あなた、混乱してるわ」
「そうかもしれない」
「落ち着いて、逃げた方がいいわ」
「……君は逃げないの?」
「私? 私は……ここから出られないわ」
「なぜ?」
「なぜかしら。そんなこと、考えたこともなかった」
「……なぜ?」
「質問が多いのね」
「気分を悪くしたなら謝るよ」
「いえ、結構よ。それにしても……」
彼女は間を置き、こう問うた。
「私が怖くないの?」
「え……?」
「こんな状況で突然出てきたのに、ちっとも驚かないから」
「そう……だね……。けど……」
「けど……?」
「初めて会ったわけじゃ、ない気がして」
「何それ」
確かに、初対面の男にこんなことを言われるのは恐怖だろう。ナンパの常套句でもあるわけだし。だが僕は続ける。
「夢で、会ったんだ、君に。今みたいにわけのわからない黒い何かに僕が足を取られてて……それを見て、君が笑ってる。綺麗な顔で微笑んでる。悪魔みたいだったよ、助けもしないで、僕が黒に飲み込まれることが当たり前みたいに笑うから」
そこまで言うと、彼女は少し悲しそうな顔をした。ように見えた。そして僕に言葉を投げる。
「……それは、ひどいことをしたわね、謝るわ」
「別に、君が誤ることじゃないだろ」
「でも、それは“私“なんでしょう?」
「多分……。いや、そうだ、確かに君だった」
「なら、謝らなくちゃね。ごめんなさい」
「うん……」
「許してくれるの? ありがとう。……夢の中でひどいことをしたなら、せめて今はあなたを助けるわ。私の手をとって?」
「わかった……」
こんな細い腕で 僕を助ける力が……? 彼女の手に触れる、その瞬間。
僕にまとう黒い何かが晴れていく。
遠くで男の叫び声が……あれは……父さん?
自分を支えるものがなくなり、バランスを崩す。
とっさに、彼女に抱き着く。
「!? ごめん」
「大丈夫」
嘘だ。
彼女は僕の腕からすり抜けるようにもがく。
どうすればいいのかわからず、解放してやれない。
「……あなたが、あなた自身を大切に思うなら、私に、触れてはいけないわ」
「それは、どういう……」
「……あなたがいるべき場所に、帰って……?」
「待って!」
Ⅳ
気が付くと、そこは見慣れた自室だった。いつの間に戻ってきたんだ……?
「あれは、いったい……?」
あそこはどこだったのか。なんだったのか。そして。
「彼女は……」
彼女はなぜあんなところにいたんだろう。
何をしていたんだろう。
どうして……。
どうしてこんなにも彼女のことが気になるんだろう。
わからない。くるしい。まるで足のつかない位深い海におぼれるように。
僕の心は彼女によって蝕まれていく。
理由なんて、わからない。
ぽつり、ぽつりと窓を打っていた雨が次第に大きな音を立てて降りだしたことで、僕の意識が鋭くなる。
「雨……? 彼女は……」
雨に濡れて、一人寂しく。
なぜそう思う? わからない。わからないけど。
「彼女のところへ行かなきゃ」
Ⅴ
悪魔の微笑みを浮かべていた彼女は、少女のように泣いていた。
「大丈夫……?」
「……なんで来たの?」
「君が、一人になると思ったから」
「そう……優しいのね……」
「君を一人には出来ない。……なぜだかわからないけど」
「あなたの中に残る罪の意識がそうさせるのね」
「罪の意識?」
「えぇ。あなたが私と向き合うことは、今のあなたを壊すこと。私にはそんなことできない」
「君は、何を言ってるんだ」
「わからなくていいの」
「わかりたいんだ! なぜ自分がこんなにも君に惹かれるのか、君を気にするのか。きっと君と向き合うことでしかわからないから……」
自分でも、何故ここまで熱くなるのか、わからない。
僕がひとしきり気持ちを吐露すると、彼女は遠くを見ながらこう言った。
「……人の心って、まるで迷宮のようだと思わない?」
「は……?」
困惑する僕をよそに、彼女は言葉を続ける。
「平坦な一本道ではない、入り組んだ、迷宮」
「何を言って……」
「人の心だけじゃない」
「……」
「何が迷宮だと思う?」
「わからない」
「そう。難しいものね」
「…………」
「きっと、わかるわ。すぐにでも」
「『わからなくていい』んじゃないの?」
「……そうね、わからなくていいわ」
息苦しい。こんな会話、いつまで続くんだ――。
「考えなくていいの。あなたは私の事を忘れて、一人で歩き続ければいい。そうすればきっと……」
長い沈黙を破って彼女が言う。だから僕は精一杯の反論をする。
「なんで……そんなこと言うんだ……君は……なぜそんなに僕を拒絶するんだ」
「そんなこと」
そう言いながら苦しそうな顔する彼女を、僕はどうしても放っておけない。
「前、僕が君に黒から助けられたとき、君を抱きしめたら君は」
「あれは違う」
「違わない。君と話していると、まるで自分自身と話しているように錯覚する……君に触れると、まるで本当の自分になるような……溶け合って、一つのものになるように感じるんだ。それなのに、君は僕から離れていく。自分自身から拒絶されるみたいだ」
「そんな……」
「もしかして……君は僕なの……? なんて……」
放っておけない。だから、自分でもファンタジーみたいだと思うけど、言う。そうすればきっといつも通り僕を馬鹿にしたみたいな顔で訳の分からないことを言ってくる、そう思って。なのに。
「……そうよ」
「え……?」
「私はあなた。……正確に言えば、あなたの中の罪悪感。あなたが私を切り離したの」
「どういう……」
「あなたは、自分の父親を殺したの」
VI
「え……?」
衝撃的な言葉を口にする彼女。
「……」
「待ってくれよ……お前……何を言ってるんだよ……」
「自分でやったこと、忘れようとして、私を切り離したのよ、自分で」
そう言うのがやっとの僕に、少し困ったような表情で言葉を紡ぐ彼女。
「ちゃんと説明しろよ……! どういうことなんだよ……」
「なのにあなた、自分から私のところに来て……完全に罪の意識を捨てきれなかったのね」
真剣に、力強く言う彼女に嘘はないのだろう。でも、信じられない。いや、きっと片鱗はあったのかもしれない。借金地獄なのに自分の快楽のためだけに生き、それを僕に押し付けようとするあの人を無意識下で憎んでいたんだ。自分なりに"普通の家庭"を維持しようと、好きでいようと思っていたのに、それなのに。
「僕が……父さんを……」
「……やっぱり、あの時あなたに手を差し伸べなければよかった……そうすれば……あなたは罪を忘れられたのに……。結局私は、あなたを依代にしないと生きていけないのね」
「……」
「あなたが罪の意識(わたし)を消したから、忘れてしまっているの。……私は、あなたが苦しむ姿を見たくないから……このまま私を忘れて、元の世界に帰って」
Ⅶ
「それは……出来ないよ」
「え?」
「君は、僕の罪悪感なんだろ? ……捨てたはずの君に、僕は無意識のうちに惹かれている。それは、本来の自分になろうとしてるってことだろう? それこそ、無意識のうちに」
「……」
「わがままかもしれない、自分勝手だと思う。でも、自分が自分であるために、一人では帰れない。自分で捨てたものをまた拾うなんて、都合の良い話かもしれないけど……」
「なんで……そんな……私の言う事なんて聞かずに、さっさと帰ってよ……」
「だからそれは……出来ないよ。だって……君は僕なんだろう? なら……本当の僕になって、罪を償わなきゃ」
真っ直ぐに彼女を……いや、僕自身を見つめて僕は言う。その言葉に、偽りはない。
「もう……私を捨てた時のあなたとは違うのね」
「きっと、もう……君を捨てたりしない」
「いつでも捨てていいのよ?」
「そんなこと、しない。だから……僕の手をとって?」
「えぇ」
僕が差し出した手をとる彼女。その瞬間に、フラッシュバックのように彼女の言葉を思い出す。
『……人の心って、まるで迷宮のようだと思わない?』
『平坦な一本道ではない、入り組んだ、迷宮』
『人の心だけじゃない』
『なにが迷宮だと思う?』
そして、ようやく気付く。
「そうか……」
「え?」
「僕たちのこの関係が……迷宮なのかもしれない」
Fin.